いきなりで何だが、「個人の感覚」というものは確かに存在する。
私がいくら「正しい音楽」をすすめようと、
「好きなんだからいいじゃん」と言われればそれまでだ。
確かにそれは事実なのだが、「好き」と「正しい」は違うのだ。
いつだったか、音楽のいわゆる「黄金比」について話していたとき、
「その黄金比も人によって違う」などと言っていた者があった。
だが、そんな意見がまかり通るのであれば、
クラシックはクラシックたり得ないではないか。
人の源流の部分に「正しい音楽」というものが流れているからこそ、
クラシックは数世紀にわたって愛され、
また、近年のビジュアルロックに代表されるような「超・変調」の音楽が「斬新」ともてはやされるのだ。
ちなみにその愚見を述べた友人はビジュアルロックのファンなのだが、
その大好きなビジュアルロックも
基礎をあえて崩しているから「カッコイイ」と言われるということにすら彼は気づいていない。
「正しくないもの」を好きならばそれでもいい。
「好き」であるということを否定する権利は私にはない。
だが、「正しくないこと」を批判する権利はあるはずである。
感情的に「俺の好きな歌手をバカにするな!!」というのは子供のワガママと同じだ。
それではまるで、自分が投票した議員が落選したことに腹を立てて
「そんなはずはない!!」と怒鳴っているのと同じ事である。
ファンならファンとしてすべきことがあるはずだ。
Xのファンがルナシーのファンと対立するのが、あるべきファンの姿なのか。
でなくば、内輪もめを避けるべく、ジャニーズのファンを小馬鹿にするのはよいのか。
そうではあるまい。
私のコラムなどから、自分が応援しているものに欠点が見えたなら、
それを本人らに気づかせたり、フォローしてあげたりするのが本来のファンの姿のはずだ。
批判を感情的に否定していてもなにも生まれてはこない。
私のように噛み付いてくる狂犬(ファン側からすればだが)のようなものが来たときに、
「感情論」という棒を振りまわして追い払っても何も解決しないことを認識すべきだろう。
文責:NAKIMI