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2005年01月12日
”成人式の存在意義”を読んで <仙台> [カテゴリ : Column001 ]
8日に紹介した河北抄に
>副委員長を務める女性が、昨年末の本紙に投稿した。
とあったので探してみた。
無いな無いなと思ってさかのぼってみると12月24日の投稿欄だった。
・・・「年末」の幅、広いねぇ・・・いや、間違ってるとは言わないけどさ。
あと、これは確認のしようがないので信じるしかないのだが、
副委員長さんのお名前から察するに男性のように思えた。河北抄の誤記でなかったらごめんなさい。
投稿の内容は長いので全文引用はしないが、
まず、「仙台市(民)のアイデンティティ」というのがキーワードのようだ。
確かに今は追い風で、「おらが町仙台」を強調するタイミングとしては最高だろう。
ただ、アイデンティティを内輪で発揮してもそれは国粋主義にほかならない。
成人式との結びつきには疑問を感じる。
増して東北の中核都市としての役割を担うつもりがあるのであれば、
他地域から来た人に「いや仙台はこうなのだ」という押し付けが出てしまうのはマイナスだろう。
考え方は良かったが、また別の場面で発揮してもらいたいと思う。
「成人式第二部の”お楽しみ”を『若者に迎合』としたマスコミに対する非難」は好感が持てた。
しかし、気持ちはわかるが迎合の意味合いがまったく無いとは言えないだろう。
「いまどきの若者を引き付けるにはこうした要素も」などと委員会で発言されているのだろうが、
「いまどきの若者って自分たちのことじゃん」と突っ込む者はいない。
つまり自分たちが楽しいかどうかという視点が無いのだ。
「こういう娯楽なら市もお喜びになるのでは」と、逆に『オトナに迎合』しているのだよ。
例えば郷土資料館みたいなイベントを企画する委員は
数千人の新成人がゾロゾロと閲覧する姿を本当に想像して発案するのだろうか?
それはオトナの目を気にしたいい子ちゃん意見なんじゃないか?
・・・ま、「ゾロゾロ閲覧」が本当に実現したとしても
それはそれで幼稚園の遠足みたいでとても成人式とは呼べるまいが。
・
そういった意味で、単純な娯楽を廃して自分たちを見つめなおそうという姿勢は素晴らしい。
簡単な健康診断ができたりするというのは一石二鳥の試みだ。
それがどこまで理解されたかは疑問だが。
しかし仙台の四大祭が
「青葉まつり、七夕、ジャズフェスティバル、光のページェント」だとは知らなかった。
仙台で祭と言えばどんと祭しかあり得ない。
以前も書いたが七夕は観光客目当てのもので、祭の要素はせいぜい子供神輿が出るぐらい。
光のページェントは地元民の迷惑や並木の傷みを無視してカップルを喜ばせる企画。
それらを四大祭に数えながら迎合を云々するのはいかがなものかという気もするのだが。
自分たちの根っこ、足元を見ることをおすすめしたい。
正直、この投稿を探している最中は
「この野郎、どうせうちらの悪口書いて点数稼ぎしようってんだろ」という思いがあった。ごめん。
だが内容は意外にしっかりしていて、今年の成人式が成功したであろうこともよく理解できた。
ただやはり表面的なことばかりが目に付いて、言葉からは彼(彼女)の根っこが見えてこない。
表面的なことしか見ないマスコミを批判する以上は自分の本質を見せなければ納得してもらえない。
そこは彼(彼女)のこれからの課題となることだろう。
それと、アイデンティティを語るのであれば迎合祭にばかり目をやっていてはいけないな。
・・・ま、この辺は、言っている私自身しっかりとした持論があるわけではないのでなんとも言えないのだが。
投稿者 nakimi : 2005年01月12日 18:04
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