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2005年03月08日

QED 龍馬暗殺 より   [カテゴリ : Column001 ]

3ヶ月ぶりに足を運んだ近所の古本屋。
最近はJR駅前の古書店ばかりひいきにしてしまっていた。
しかし、こういう時が意外と掘り出し物に巡り合えるものなのだ。

手に入ったのは新書サイズの『QED 龍馬暗殺』
テーマはもちろん幕末なのだが、その考察範囲は広く、
「高知空港を龍馬空港としてはどうかという案が・・・」というのに対して
「地名には必ず歴史が関わっているのだから住民アンケートなどで簡単に変更してよいものではない」
と諭すシーンは妙にタイムリーで、感じ入ってしまった。

確かに、民意と言えば聞こえはいいが明らかに間違った方向に進んでいるという事象は少なからずある。
本当の意味での識者というものが求められているのかもしれない。

最近読んだ雑誌か何かに「県は本当に必要なのか」という意見があったが、
それに対する個人的な賛否は置くとして、
市政があり県政があり国政がある。
そこまで細かい区分が出来ているのに、物事を決めるときは代表者の多数決。
こんな馬鹿馬鹿しいことはない。
これが中央集権・国政のみの国家なら話はわかるが、
県政市政があるのなら、せめてその内側に向けた結論を出すための議論が必要だろう。
極端な話、51%で成立するということは49%の人間が不便で不愉快でもいいということだ。
そんなことが許されていいはずがない。

話は飛んだが、要は「多数決は危険」ってこと。
自分たちが馬鹿を見るだけで済むことはいいが、
子孫に影響を及ぼすようなことまで勢いでやるのはいただけない。


今回なんとなく検索してたら見つけたサイト
都道府県名の由来
勉強になります。


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ところで、この本を古本屋で買わずに図書館で借りて読んだとしたら作者の高田崇史氏は喜ぶのだろうか?
古本屋ってそんなにイケナイシステムだろうか。

古書店については、毎度参考にさせて頂いているもなQ様でも述べられている。
8月7日~10日の4日間は出版、著作権、大型古書店、漫画喫茶について述べておられるので
諸兄におかれては参考にされることをおすすめしたい。

そう言えばこの「龍馬暗殺」の中にもたまたま、
「暇つぶしに読み捨てられる雑誌や漫画が、
年に一、ニ冊ほどしか出荷されないけれど絶版になってしまっては困る学術文庫を支えているようなもんだ。
それが、市場原理だ」

と、いうセリフがあった。
(自虐的なのか自信過剰なのかはわからないが)
つまり、本の値段はどこからどこまでが著作権に通ずるものなのかさっぱりわからないということになる。
加えて前回間接的に紹介したように、もなQ様によれば
中古販売された物品でも誰かが一度は著作権料を払っていることになるらしい。
であれば今のシステムは実に秀逸に機能しているとは言えまいか。

と言ってもちろん著作権料の分配が行われているわけではないだろうけどね。
それじゃまるでJASRACがチャリティーソングからも使用料を取ってその他に分配するようなもんだし。

投稿者 nakimi : 2005年03月08日 20:44

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