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2005年08月07日
心の病み方について [カテゴリ : Column002 ]
ここ数年で周りに鬱病を患う友人知人が増えた。
中には5つ6つ年下の子までいて、たいへん不憫に思う。
やはり現代特有のストレス環境が人の心を蝕むのだろう。
・・・もちろん、私も現代病を抱えていないわけではないし、
人一倍ストレスを溜め込むタチなので同情している場合ではないのだが・・・。
彼ら彼女らを見てつくづく感じるのは、
「自分を不幸にする鬱」と「周りを不幸にする鬱」がハッキリ別れている、ということだ。
前者には心の中でエールを送るしかできない(「頑張って」と言ってはいけないらしい)のだが、後者は厄介だ・・・
なぜ「いい人」は心を病むのか(町沢静夫 著)なんて本もあるが、
心を病んだからその人が「いい人」かといえば必ずしもそうではない。
私が以前ここで指摘したように、
自分で自分のことを「いい人」だと自覚している人間は独善的になりやすい。
「自分は正しい、イコール周囲の人間が悪い」という結論になりがちである。
そうした人が精神的な難題を抱え込んでしまった場合、
「私は正しくて『いい人』だから周囲の無神経な連中に傷つけられた」と思い込む。
その結果、ストレスを回りの人間にぶつけるようになってしまう。
これが「周りを不幸にする鬱」の代表例である。
診断書をもらっていない人間だからといって、何を言われてもこたえないわけではない。
骨折した腕で殴られても痛いのと同じで、鬱病の人になじられればこちらも傷つくのだ。
その点に思い及ばない時点で「いい人だから心を病んだ」という説は該当しなくなる。
もちろん彼ら彼女らの闘病には協力を惜しまないつもりだが、
自称「いい人」から悪役扱いされる側の気持ちもわかってもらいたいのだ。
しかしまぁありがたいもので、こうした病気に苦しむ方の中にも他人の痛みがわかる人がたくさんいる。
7月23日の地震があった直後、東京に住む私を気遣い、わざわざ仕事場から電話をくださった方もいた。
心の病だからといって、その治療期間に人間として成長できないということはない。
治療と平行して自分を高めることのできる人は尊敬に値する。
もちろん誰にでもできることではないと思うが、
せめて「周りを不幸にする鬱」にならないよう気をつけていただきたいと心から願う。
投稿者 nakimi : 2005年08月07日 23:55
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