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2005年08月08日
最重要課題は少子化対策 [カテゴリ : Column002 ]
郵政民営化関連法案が否決された影響か、50人以上の方が「罷免とは?」で検索して来られたようだが
今日はろくにニュースも見ていないので民営化の是非や解散については後日語ることにしよう。
今回述べたいのはもっと根源的な問題について。
現代の日本が抱える問題の多くは、少子化に端を発するというのが私の持論だ。
先日、そのことについて議論になった時、相手側からこんな意見が出てきた。
「動物的に生きるのであれば、女が子を育て、男が働くというのが理想だったが、人間はもはや動物ではない。
昔の日本女性は生きるために結婚していたが、現代の女性は一人で生きる術を持っている。
総じて考えると、今は子を産み育てることにメリットが無い」
・・・つまり、人間は本能で生きる動物ではないのだから、
女性が生きたいように生きるのが当然だ、という意味なのだろう。
これらの意見は一見理屈が通っているように聞こえるが、残念ながら「社会」という概念が欠落している。
一時期「女性の社会進出」という言葉がもてはやされたが、進出したその社会とは何なのか。
まさか、会社が集まってできたのが社会だと思っている人は居るまい。
社会とは、人と人がお互いに接し合い関係し合って生きていく集まりのことだ。
そこからすると、
「現代女性は社会進出が進んだおかげで、一人で生きることができるようになった」
というのは矛盾だらけの理屈なのだ。
もし本当に一人ならそれは社会進出などしていないことになり、
また逆に、本当に社会進出しているのであれば、一人で生きているなどというのは勘違いということになる。
さらに言えば、いわゆる「女性の社会進出」とは、女性の社会的価値が上がったわけではない。
男性の社会的価値が下がったというだけのことだ。
生物学を持ち出すまでもなく、筋力的に男性が優位であることまで否定するフェミニストはいない。
肉体的な優位を活かした仕事が減り、頭脳労働が増えた。その結果、男性の社会的な価値が下がったのである。
会社で仕事をし、それが重なって地位を得たからと言ってそれが社会進出だというのは考え違いも甚だしいということだ。
・・・ここからは書きながら思いついたことなので、論として少々乱暴な物言いになるが・・・
狩猟や肉体労働が減ることで男性の社会的価値が下がったことを考えれば
出産や育児の機会を失うことで女性の社会的価値が下がるという見方はできないだろうか。
これは女性蔑視でもなんでもない。ぜひ多くの人に考えてもらいたい問題だ。
一番小さな社会は「イエ」つまり家族ということになるわけだが、
もう少し範囲を広げると「ムラ」という集団社会が見えてくる。村八分の「ムラ」である。
しかし、残念なことに現代の日本はこの「ムラ」社会を失ってしまった。
それは明治維新であったりルーズベルトの政策であったり様々な原因が考えられるわけだが
とにかく「ムラ」が消失してしまったことだけは確かだ。
この「ムラ」というものが、人が生きていく上でどのように関わってきたかは、
社会学辞典を紐解くまでもなく、上にも挙げた「村八分」という言葉から推察することができる。
「村八分」とは、「火事と葬式以外はお前と関わらないよ」という拒絶の意思を示した言葉である。
残りの部分にはそれこそ「出産」「育児」「教育」など、様々なものがあったに違いない。
それこそが「ムラ」の役割だったのだ。
本来は「ムラ」が子育ての何割かを負担してくれていたのにそれを失ってしまったから、
「子育てをしながら働くことができないので出産を諦める」などという悲しい現実が襲ってくるわけだ。
とは言うものの、今さら「ムラ社会」を取り戻そうとしてもそれは難しい。ではどうするべきか。
出産や育児を「ムラ」に代わってサポートすることこそが「クニ」の役目なのではないか。
国家がまず今すべきことは、郵政民営化などではなく、少子化対策なのだ。
「人間は動物ではないから少子化もやむなし」論を述べてくれた人は
「世界はむしろ人口飽和なのだから、少子化傾向にある日本を立て直すのはナンセンス」という見解も示していた。
右ウイングの人に聞かれたら日本刀で斬られそうな発言だが、
それでも「日本はムラ社会を失った上に国家も機能していない。こんな国は滅びるべき」と言うならまだわかる。
しかし現実の少子化問題は、「自由と責任」という言葉に踊らされて
「私は自立しているから好きに生きていいのだ」という無意識的な反社会思想が蔓延した副産物でしかない。
・「ムラ」を立て直す
・「クニ」が支援する
・滅びの道を行く
ちょっと考えただけで三つの選択肢が挙げられるのに、
「世界は人口飽和なのだから日本は滅びてもいい」などというのは思考停止に他ならない。
我々二十代の人間が逆ピラミッドを背負うというのはもう決定してしまったことだ。姥捨てでもしない限りは覆らない。
だからといって思考停止するにはまだ早い。我々は日本をさらに次の世代へとバトンタッチする義務があるのだから。
いきつけのBARのマスターがこうこぼしていた
「最近はね、商店街を歩いていても子供の声がしないんですよ。
子供がたくさんいる社会だと、大人は子供たちのために何をしてやれるか考えようとするんです。
でも、今は子供の声が聞こえないから、私自身、未来の日本について考えるのをやめてしまう時があるんですよ」
三人のお子さんを立派に育て上げたマスターでさえ、ふと気が緩むと諦めの気持ちが襲ってくるのだという。
なんとかしなければ日本に未来はない。
投稿者 nakimi : 2005年08月08日 23:41
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コメント
郵政民営化で検索して関係ない話題にぶつかったはずなのに、気が付いたらこんな長い文章全部読んじゃったよ。話のもっていきかた面白すぎ(笑)この調子でぜひ郵政民営化についてもやってください。
投稿者 かわだ : 2005年08月09日 10:29