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2007年01月13日
"和風弁当"の罠 [カテゴリ : Column003 ]
朝日新聞のオピニオンに桂歌丸師匠がコメントを寄せておられた。
最後の
>漫才はぶつ切りの笑いを連続するだけで、
>最後のせりふは必ず「もうええわ」でしょ。コミュニケーションを断ち切ってしまう。
>議論の必要なし。問答無用。こういう笑いに浸り続けるのは、考えてみると、危険なことじゃないですかねえ。
という言葉には実に深い意味がある。
ここで「落語だって○○じゃねえか」と反論するのはただのお子ちゃま。
大事なのは、この指摘を受けて何を考えることができるかだ。
歌丸師匠が言っているのは「漫才のスタイルはけしからん」ということではなく、あくまで受け手の姿勢を問うもの。
単発笑いの連続やあるあるネタ、「逆にアレやん」の繰り返し・・・
そんな笑いばかり吸収していると、考え方が狭まってしまうよ、との警告だ。
脂っこいジャンク・フードばかり食べず、たまには和食を摂りなさい、と。そういうことだろう。
とは言うものの、落語だってテレビで見ていちゃコミュニケーションもへったくれもない。
和食のつもりで、つくねのかわりにハンバーグが入った"和風弁当"を食べたようなものだ。
ジャンク・フードよりはいいかもしれないが、それで健康になったと勘違いしてはかえって危険というもの。
やはり、しみじみとした伝統芸に触れるためには寄席に足を運ぶしかないんだろうね。
漫才は漫才で、テレビ用に練り上げた結果、今のスタイルに落ち着いたということなのだろう。
どちらがいい悪いではなく、バランスよく吸収しないと偏った考え方の人間になってしまうということか。
思考の画一化はまさにいじめの第一歩。
歌丸師匠も軽く触れておられたが、いじめ問題は年々深刻化している。
それを少しでも改善するためには、偏りの無い考え方を育む必要がある。
上の例えで言えば、ジャンク・フードから和食に替えていくようにしなくてはいけない。
人間関係における"和風弁当"とは、
言ってみれば、一部のグループや先生の前だけでいい子にしているようなもの。
校舎のガラスを割ってまわるような"ジャンク・フード"よりはマシだが、決して健全ではない。
むしろ、「自分は健康食を摂っている」と勘違いしている分、後々に残す歪みは大きい。
やはり、"和風弁当"ではなく、きちんとした"和食"を摂るようにしなくてはいけないのだ。
・・・簡単なことじゃないけどね・・・
投稿者 nakimi : 2007年01月13日 18:00
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